「しろ」(城)の語源

更新 2014-01-14 ← 作成 2000-08-07

hr

 要約:
“山背(やましろ)”を“山城(やまき)”と書き改めたのに,読み方だけは残ってしまったということらしい.

 『日本国語大辞典』(日本大辞典刊行会編,小学館,昭49)には,語源の説が 14 種類載っています. 中には“白いから”なんていう傑作なのも.(^^)
 これの 12 番目にあって,『大言海』から引用している説が納得できました. 同じ説の詳細が『古語大辞典』(角川,昭62)にも載っています. これが,今の国語学者の定説ではないでしょうか.

 ↓ 古語大辞典(角川,昭62)から引用
しろ【城】名詞

軍勢が立てこもって敵を防ぐ構築物。要害の地に敵を防ぐ設けは、古く「」と称し、「柵・城」の字が当てられた。のちにそれぞれ音読して、「さく」または「じやう」といわれる。「城」は漢語で都市を囲繞する防壁をいう。

奈良山の背後に当るため、山の後ろの意で「やましろ」と名付けられ、「山背」とも書した山城の国(平安朝の文献にも、奈良山の背後に限られる、いわゆる南山城を「やましろ」とのみ呼んだ例が見出される)は、長岡京遷都を経て平安京への遷都がなされたとき「此国山河襟帯、自然作城」という認識があり、延暦十三年(794)十一月十五日、続けて「斯形勝によりて、新号を制すべし。宜しく山背国を改めて山城国と為すべし」と述べるが出された。「自然作城」とは、山河が都を守ること城市の防壁のごとくであるとの意。

★「新号を制すべし」とあるから、改字にとどまらず、称号も「やまき」としたのかもしれないが、実際は字だけを「山城」と改めて、なお「やましろ」と訓じたため、「山城」という文字列に関してのみ、「城」に「シロ」の訓が生じた。中古から中世初期の文献に「城」とのみあるものは、「キ」または「ジヤウ」と読むべきものである。

しかるに、山が「城」をなす土地に「ヤマシロ」の読みが対応していたうえに、山に「城」をなして領国をそれぞれに守ろうとする時代が訪れる。中世後期には、「城」は「シロ」と読まれ、『文明節用集』には「城」に「シロ」の訓がある。
(中略)

「谷のしろへつめ候とて、どしめき候き。さうとよりしろを手をあはせ、みなとりまはし候由申候」〔祇園執行日記・天文三・七・二一〕(後略)
 空行と★は勘九郎が挿入しました.

(中略)の部分には,麓の居館のことから,家臣団の居住,城下町,一国一城令,天守閣の話までが書いてあります.これを書いた方もそうとうの城好きと見受けられますね.(^^)

というわけで,たとえば福岡の大野城は,もともと“おおののき”と呼んだようです.

hr
この内容の要約を,Wikipedia の項目「」(2006年9月3日 (日) 20:11 の版)に掲載しました.現在,その内容は簡略化され,分割された項目「日本の城」に引き継がれています.
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NISHIMURA, Kankuro, Kazuo (nishimura@komazawa-u.ac.jp)