1994-10-16(1994-12-10 改訂) 西村 和夫 中国蜀漢の旅 1994 紀行 メンバー: 寺田文行,小原啓義,深澤良彰,大竹玲子,西村和夫(敬称略); 張澤増・趙霖ご夫妻 概要: 早稲田大学を中心とし,張先生が引率するこの中国旅行も第 3 回に なる.廣瀬先生を昨年失い,今回は深澤先生が団長(兼幹事)をして くださった.今回は,三国時代の蜀であった四川省と貴州省を訪ね, 漢中の諸葛孔明の墓にも詣でた.黄果樹のアジア最大の瀑布 も観た.ちょっとは講演もした. コース: 東京 → 名古屋 →→(上海)→→ 西安 →→ 成都 →{夜行列車}→ 貴陽→→ 西安:咸陽 →{夜行列車}→ 漢中 →{飛行機のはずだったの になぜか夜行列車}→ 西安 →→ 名古屋 → 東京 (→→ は飛行機) 09-02 (金) 10:42 東京駅の新幹線車内集合.2 老師は,ジパング割引でグリーン車に (ジパングは“じじい・ばばあ”が語源ではないかとの説しきり). 13:00 名古屋.リムジンで小牧空港へ.なぜか荷物検査が厳しい. 15:50 搭乗(A310-200).17:20(現地時間)上海.ここで入国審査を済ませ 18:30 発.後で思えば,このとき換金をしておくべきだったのだ. 20:30 西安.やはり暑い.国内線到着なので,換金できず.深澤先生は 2 年 前のをお持ちだった(もの持ちがよいこと).西村は,前月に使った 残りを持っていたので,これを小額ずつ貸すことにした. 22:15 陜西賓館.かつては賓客だけが泊れたところ.機内食をすませた後だ ったが,晩餐になる.とても旨い.趙夫人ご自慢のコックだそうだ. 粉蒸肉がとくに良かった.水晶肉,松鼠魚など. 専家証(各種割引の特典あり)用の写真がまだ着いていないそうだ. 郵便はどこへ行ったのか.小原先生以外は持参していた写真を提出. 空港でいきなり明日講演をするように言われ,西村はうろたえた. だって貴州大学でという話だったのに… というわけでこの日は 徹夜.:-( 09-03 (土) 8:00 旨い朝食をすませ,小原・深澤先生と西村は西安電子科技大学で学部生 相手に講演.老寺田先生はご休憩.小原先生のマルチメディアの話が いちばん受けたようだ.小原先生はなんとか写真を撮るのに成功.大竹 さんはこの間にガイド付きで兵馬傭へ.一人だけずるい! 12:00 陜西賓館で昼食.餃子宴を含む.旨い! 大竹さんには土産で我慢し てもらおう(ほーーれごらん,報いだ). 14:30 小原・深澤先生は張趙両研究室の院生相手にご講演.西村は単独行動. 午後は大学図書館が閉まっているので,大学のバスで城里(城廓内) の新華書店に行く.漢字入力方式の本などを買った.ついでにデパー トにも.暑い.帰りのタクシーの運転手が道を知らず,道案内する. 17:30 校内招待所で宴会.高有行先生と,白酒の乾杯で盛り上がる.中国の 十大銘酒を教わる. 濃香型: 五糧液,剣南春,洋河,炉州特曲, 狼酒; 清香型: 西鳳酒,汾酒; 醤香型: 茅台酒 だそうです. (これと同様なのは日本の洋酒事典にも載っていた.) この後で,張趙両研究室の学生たちの作ったプログラムのデモが あった.王潮君は優秀そうだ. そして,老寺田先生のご講演.呑んだ後だから眠かった(実際 眠った ^^;). 09-04 (日) 5:30 まだ暗い中,弁当を捜し回る.出発したら,道路が水没している. 空港までの高速道路脇に原発のような火力発電所や古墳が. 6:40 飛行場.行列しているときに,西村は姑娘に絹短褌(ショーツ)8 個 80 元を売りつけられる.なんで私だけなんだろう? :-p 7:20 搭乗(WH2401 便).機体は BAe146 という珍しい英国製のもの. 8:45 成都.四川省の省都である.出迎えは方関宝先生とお嬢さんの方妹妹. やはり,蒸暑い.四川省は全体が盆地だからなぁ.しかし,ガイドブ ックのとおり曇っているので厳しい暑さではない.バスで 9:05 発. 9:35 都心の武侯祠.劉備玄徳はここに祠られている.出師表の掲示. 11:30 人民商場.土産を買う人たち.(台湾製の下着は高かった.) 12:15 成都小吃城.小吃は旨い! 趙夫人に頼んでおいてよかった. 13:50 美術工芸品店.老寺田先生が翡翠をお求めになる.深澤先生も.とこ ろが日曜日で両替ができず大騒ぎ.結局銀行前のヤミで換金. 16:00 杜甫草堂.杜甫の詩があるわけではないのでつまらん.16:30 発. 16:45 有名な四川料理の文君酒家.旨いが,まだ空腹になっていない.いく らも食べられずに,とても残念.辛さも弱くなっていて残念.出発が 迫っていると心ゆくまで食べられないよなぁ.17:50 発. 17:50 成都駅.夜行列車に乗る.西村はポットの熱湯で火傷する.割れかけ ていた窓のガラスを割ってきれいにする.夜中に途中の駅から乗って くる客がドアを開けようとするので,貼り紙をする:“請勿打擾.充満 了.”でたらめでも通じたらしい.旅の紙は書き捨てだ.:-) 09-05 (月) ひたすら列車に乗り続ける.食堂は旨い.列車内でもコークスで 調理するのは,さすが.柳州ビール.おっと事故か? 州境を越えると, 景色が日本風に変わる.緑の濃さ.段々水田もある.この辺が茅台酒 の産地だそうだ.なんで茅台酒だけ伝わってこなかったのか.やはり 水かなぁ. 16:30 貴陽 駅.貴州省の省都である.やれやれ,やっと着いた. 17:00 貴州大学公寓.宴会では頼茅を呑み,李祥先生と盛り上がる. シャワーの仕組みがおもしろい.夜遅くまで台湾の留学生たちが騒ぐ. 09-06 (火) 6:30 爆竹の音で目覚める.せっかくなので厨房を見学し,写真を 撮る. 9:00 貴州大学で講演.2 回目なので楽.今度は 4 人が順にやる.部屋も 狭くて気楽.かわいい姑娘が 3 人.深澤先生は,短いナイロンのス トッキング(?)をチェック.大竹さんはご休憩(ダウン). 貴州大学公寓での昼食(ちゃんと特注の冷えたビールも).食後に 宿を中国農業銀行培訓中心ホテルに移す. 14:00 天河潭.銀河宮は要するに鍾乳洞なのだ.舟で洞窟の中を抜け湖へ. トンボが飛んでのどかである.日本の田舎のようだ.戻るときに輿あ るいは馬に乗った人もいる(西村は馬に 1 元で乗る).途中の道に 水牛. 17:00 帰宿.貴州大学公寓で西鳳酒.晒し胡瓜が懐かしい味で旨い! 明日 の夕食にも出してくれるように頼んでおく. 09-07 (水) 6:45 また早く目覚めた.もったいないので散歩をする.丘から市を一望. 放し飼いの豚.恥らう通学途中の少女たち.屋台の辛い麺.焼芋. 8:30 発.高速道路で 10:20 安順市の蝋染工場.蝋纈染って,中国のミャオ 族のものだったんだ.土産に刺し子をもらう.長居しすぎた. 11:40 発.途中の山道が絶景.水牛も. 12:30 黄果樹 着.まず昼飯.14:00 瀑布を観る.いやぁ,壮大なものだ. 下って行く途中で,寺田先生,張ご夫妻,私の 4 人は道に迷う.そ の結果,余分に階段を登るはめに.しかし,滝の裏を通る水廉洞はす ごい.最後は吊り橋と,ケーブルカー. 17:00 龍宮.時間がないので,奥の龍宮(天然鍾乳洞)には行けず.残念. 18:00 発. 20:00 遅れた夕食.頼んでおいた晒し胡瓜の料理に醤油が染みすぎてしまっ た.残念.五糧液と薫酒.李先生を乾杯攻めにして盛り上がる.憶え ていた李白の酒泉の詩にえらく感心される.李先生がご存じでよかっ た.やっぱりのんべだからかな. 09-08 (木) 9:00 朝市と花溪公園.案内は宋栄功.寺田先生はご休憩.朝市でいろいろな 野菜を見る.貴州の野菜はおいしい.花溪公園の小滝の上の 飛び石はスリルがあっておもしろかった.ちょっと雨が降ってきた. 10:40 雅園酒家で祝開成校長先生との宴.??先生が詩が好きな人で,酒泉 の詩は,300 首を集めた詩集にも載っていないため,知らなくて申し 訳ないと言っていた(らしい).こっちは,それしか知らないんだい! こんど来たら少数民族の家に泊りに行こうと誘われた.それも悪くな いな. 12:40 小雨模様の中,輪タクで出発.13:10 ホテル着. 13:35 貴陽飛行場.14:30 搭乗(WH4261 便,B737-300). 16:30 西安.やはり空港で換金できず.高額の現金がないらしい. ただちに咸陽市の採光賓館へ.やっと日本に電話ができる.1 分で 11? 元と高かったが,3 人がかける.ところが,後になっていくら短 い通話でも 3 分の料金をとると(かわいい姑娘が)いうのでトラブル になった.しかも自動記録には 2 人分しかない.皆は餐店へ.西村は 残って支配人と片言の中国語で交渉.泣き出した姑娘の手を“しっか り”握って慰めまでした.結局 2 人分で交渉成立.料金システムの 表示を大きくするように注意する.これで済んだと思ったら,餐店に 父親が乗り込んできた.“手を握ったから結婚させられる” なんて冗談を言っていたのが本当になったか? いや,娘をいじめたと 文句を言いに来たのだった.これは張ご夫妻が対処してくれた.ふうっ. このホテルはビールの注ぎ方も不好. 21:07 咸陽駅 発.夜行列車で漢中へ. 09-09 (金) 10:11 漢中.姜培冰,潘夫人(趙先生の教え子),周さんの出迎え. おや,小周(美人)はこの後二度とお目にかからなかったな.姜さん は,漢中供電局の局辧公室主任.彼の案内で五杯賓館(棒塁球[ソフ トボール]訓練基地)に.そして, 15:00 武侯祠,武侯墓へ.諸葛孔明はここに祠られている.(次回の旅行は 白帝城かな.) 帰りに温泉に寄る.黒い湯(ラジウム泉?).まさか中国で温泉に 浸かれるとは思わなかった.気分はゆったり.17:50 発. そして,姜氏のお宅に.きれいだ.冷蔵庫の中まで見せてもらった. ご子息にいきなりロシア語で挨拶されたのには驚いた.なるほど, 外国といえばロシアだったのだ. ホテルでの夕食.黒米酒を楽しく呑んでいると,飛行機の予約確認 をしていた趙夫人が顔色を変えて飛び込んできた.“飛行機を雨のた めキャンセルしました.”(西安発の名古屋行きは明後日の早朝 なんだ.明日までに西安に着かないと帰れなくなる!) 一同の顔に緊張 が走る.とたんに悠然としていた姜氏が飛び出して行った.こういうと き我々は何もできない.姜氏のコネに頼るしかないのだ.残念,彼と とことん呑むつもりで準備万端だったのに…… ともかく食事を続け ていると,そのうち皆が戻ってきた.夜行列車の切符が取れたそうだ. また夜行だが,ともかく帰れる.よかった. 夕食後は姜氏の接待で,若者(?) 3 人は舞踊庁へ.綺麗どころ がすでに待っている.なるほど,こういう接待をするわけね.大竹さん と私はけっこう踊った(私はフォークダンス以来初めて).深澤先生は 一度も踊らなかったなぁ.奥様に遠慮なさっていたのかな. 09-10 (土) 9:00 拝将壇.劉邦が翰信為大将を拝したといわれる壇. 9:40 中国銀行.やっと換金ができた.貸した金が戻ってくる. 10:00 古漢台(博物館).魏の曹操が書いたといわれる碑がある.佳い字だ. この拓本とミニチュアの文鎮を土産に頂く. 11:00 買物.デパートと金製品店.西村は包丁を買う.果たして持って返れ るか? 老寺田先生は,またネックレスを. 12:10 ホテルで昼食.薫酒.14:40 発. 15:41 漢中駅発.駅ですかさずナイフ(3 元)を買う.夜行列車は貴陽に行 くときのと同一の車両だ.軟座は 2 席しかなく,若者らは硬座車へ. 西村は溶け込んでなんとか話ができた.もう生活できるかもしれない. 30? 分後に趙夫人のご活躍で軟座に移ることができた. 09-11 (日) 6:10 咸陽.ただちにタクシーへ.急げ! 道に迷っている暇はない! 6:50 飛行場.張先生と慌ただしく別れ, 8:00 搭乗(MU291 便,A310-200).なんとか包丁は検問をパスした. 10:00 上海で買物 11:20 発. 14:40(日本時間)名古屋着.15:02 バス乗車. 16:17 名古屋発の新幹線.車内でなんとか 4 人が集まれる席を探し,最後 の宴会. 18:05 東京駅.ここでお別れ.お疲れさま! (了)
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