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1997-06-16 (初版 1996-11-27)
西村 和夫
中国三峡下り 1996 紀行(個人 WWW 用)
メンバー: 難波完爾,深澤良彰,西村和夫 (敬称略); 張澤増・趙霖ご夫妻
概要: 早稲田大学を中心とし,張先生が引率するこの中国旅行も第 4 回になる.今回
も深澤先生が幹事をしてくださった.今回は,三国時代の呉(湖北省)から蜀
(四川省)へと長江(揚子江)を船で上下し,大三峡を眺めた.劉備玄徳の篭っ
た白帝城にも行った.巫山から支流の大寧河に入り,小三峡も楽しんだ.
いつもどおり,少しは講演もした.
コース: 成田 →→ 上海 =→ 蘇州 =→ 上海 →→ 武漢 =→ 宜昌 {大船}→ 巫山 {小舟}
→ 小三峡 → 巫山 {中船}→ 奉節 → 白帝城 → 奉節 {大船}→ 宜昌 =→ 武漢
→→ 上海 →→ 成田 (→→ は飛行機,=→ は高速道路)
10-26 (土)
16:00 成田第1旅客ターミナルに集合.西村は 14:00 まで大学で仕事をせね
ばならず,焦って駆けつける.しかし,17:40 発のはずだったのに飛行機が遅れ
て 19:15 発.出国検査のとき,西村は(またしても :-( )ブザーが鳴り身体検
査される.UA 837 便.気がつかないほど見事な離陸.
21:30 上海.張澤増先生と再会.22:30 交通大学教師活動中心(ホテル).近く
の食堂で夕食をとる.蛙と犬を食べた.
10-27 (日)
6:00 朝食抜きで蘇州に出発.駅へのタクシーでそのまま行くことにした.
7:20 蘇州で小吃 (“黄天源”で麺・包子).8:00 発.干し葡萄を買う.
8:30? 拙政園.周囲に濠が残っている旧城郭の中心部にある.典型的な中国
式庭園.東園,中園,西園からなる.配水と敷石に凝っている.各色の
小さな石がいろいろな形で敷き詰めてある.
9:30 虎丘.ちょうど祭をしていた.傾いた云岩寺塔.呉王墓 (偽物).京劇
の役者さんたちの写真を撮る.11:10 出口で菱と栗の実を食べる.
11:15 留園.これも中国式庭園.出口に磁気カード電話があった!
寒山寺.鐘を撞く.難波先生は,土産の硯に奥様の名前を彫ってもらう.
深澤先生と西村は紫砂の急須をもらう.
西園.金色の五百羅漢がみごと.12:30 発.
14:00 “万福楼”で小吃.15:00 発.帰路を急ぐ.
16:50 上海の虹橋机場.20:10 のはずが 21:10 発.理由は(当然)不明.
22:25 武漢 飛行場着.中国密碼学会理事でもある武漢大学計算机科学系の張煥
國先生がご一家でお出迎え.だいぶお待ちだったのでしょう.
23:25 漢口飯店.夕食は近くの川味(四川)料理.
10-28 (月)
7:00 ホテルのレストラン(4階)で朝食.趙霖夫人に再会.夫人は旅行社の
手配をしてくれていたそうです.8:00 発.橋でやや渋滞.
9:00 武漢大学計算机軟件系で講演.難波先生,西村,深澤先生,趙霖先生,
張煥國先生の順に講演.終了後トイレに行ったとき,我々のポスター
を発見し,記念撮影した.荷物を置いて山上の校内接待所まで 10 分ほど歩く.
12:20 “珞珈山庄”で会食.旨かった.十三骨魚など.濃香型?の白酒(パイチュウ)
“稲花香”で乾杯.図書館の前で記念撮影をして,荷物のところまで戻り,
マイクロバスに乗ったところで気を失う.
14:00? 発.
20:00 宜昌 の天湖大酒店.高速道路で来たらしい.台湾と提携しているホテル
らしく,立派なものである.向いの食堂で晩飯.
10-29 (火)
6:20 暗いうちから屋台で朝食 (早点).ホテルすぐ脇で黒米粥,餃子などを
食べる.みな旨い.粥は椀にポリ袋を被せてから注ぎ,洗わないで済ませていた.
だんだん消費文明が浸透している.今後邪魔になる大きな旅行かばんをホテルに
預けてから,旅社の陳杰君の案内により,タクシーで船着き場へ 7:00 発.
7:45 大三峡 揚子江の水は茶色に濁っている.客船“大福”4 階(最上
階)の 3 号室に.ただちに窓際のテレビをどける.すぐに葛洲[土貝]ダムにさしか
かり,ダム脇の閘門を通る.船の屋上に登って下流側の水門が閉まるところを見
物.水位が上がるのが意外に速い.上がりながら,趙霖夫人が堤の人からミカン
を買う.上流側の水門はごく上部しかないことを発見 (なるほど).
8:15? 話題の三峡ダム工事現場.巨大な土木工事で,全貌が見えない.
9:30 一つ目の峡,西陵峡にさしかかる.
11:30 部屋で昼食.今回の旅行でこの昼食が一番旨かった.8 菜 1 湯.トマ
トのスープなど薄味でよい.張先生は違う料理を食べたらしく,まずかったとお
っしゃっていた.青島ビールと全興特曲 (白酒).
蜀の桟道跡の孔.どうやって揚げたかわからないという懸棺.
巫峡の神女峰.船にカラオケはあるが,名所のアナウンスはない.
18:00 巫山.不暑不寒,ちょうどよい.○○○?ホテル.部屋に石鹸とタオル
がなく,趙先生が外から買ってきた.ホテルの食堂で夕食.
20:00 陳君とビリヤードで遊ぶ.1 勝 2 敗で,場所代 15 元を払う.その後,
部屋で湯が出るのを待つが,5 階まで湯が上がらないとか.待ちきれず,西村は
(ホテルから出ないように言われていたのだが無視して)街をぶらつく.やたら
に多い美人がやってる美髮店.四川風酸辣湯(スープ)のレトルトパックが魅力
的だったが,重いのでやめる.
戻る途中,ホテル隣のカラオケバーから中国語の“北国の春”が聞こえてくる.
面白いので寄ってみた.青島碑酒(缶ビール,1本 22 元)だけでよいというの
に,女の子はどうだ,ピーナッツはどうだ,カラオケはやらないかと経営者がう
るさい.(しかたなく :-p)女の子を呼んでみる.薛梅というやる気のない娘で,
これで 50 元は高いと思う (1元=14円 なので 50元=700円 なのだが).
缶ビール 2 本で切り上げる.ところが案の定,200 元をよこせという.月給が
600 元くらいだから,ずいぶん高い外国人価格だ.100 元しか払わないと言った
が受け取らないのでそのまま出る.追いかけてきて,結局 150 元で手をうった.
怖そうなお兄さんがいなくてよかった.(^_^)
10-30 (水)
5:20 朝食.棧橋までバスで行く.
6:50 小三峡に出発.3 号艇.40 人乗りぐらいの船.竿を持つ船頭が 2
人いる.舵が直結.屋根が開く! 出港してすぐ龍門峡.水は澄んでいる.とこ
ろどころで流れが速く船進まず.浅瀬では歩かされるところもあった.
2 回目に歩かされるとき,1人 3 元を払えば乗っていてもよいという.もち
ろん同意して,船室前の板席を確保.出港した直後に,なぜか船員が水中から窓
ガラスを拾った.やがて皆が乗り,巴霧峡に入ってすぐに,船頭が油断して
崖に激突した.:-O 壊れて沈没するかと思った.馬帰山の晶乳石.
以降ときどき霧雨に濡れながら景色を楽しむ.霧の滴翠峡は雄大幽玄.
10:20 終点,Uターン.先頭で立って帰る.下りでは,先頭に櫓を付けた.こ
の長い櫓(オール)で舳先の向きを変える.ブレーキがないので下り優先.途中
でなぜか岸につけ,新しい櫓を拾った.(^^)
ガイド嬢と記念撮影した後,バスで戻り,
12:00 巫山のホテルで食事.
14:00 集合.ホテルの小姐と話していて,なかなか現れない陳杰.
15:35 2 階造りの船で巫山発.甲板で大貧民のようなカードゲームをする人々.
瞿塘峡.
18:25 奉節.岸から階段を 292段 上がる.
19:00 詩城大飯店 (詩城は白帝城の別名).カシュガルで泊ったホテルと同型
で,中央の吹き抜け両側に螺旋階段がある.5 階まで徒歩.西村は,部屋に入っ
たら,いきなり電気がつかない (おいおい,そんなの点検しておけよ).トイレ
は床が濡れ,タンクの蓋がないところまで新彊と同じ.パッキンが不完全で音が
するので,手で止めるためと思われる.
19:40? 川味火鍋 (四川風羊肉のしゃぶしゃぶ),○○?碑酒 (ice beer).難波
先生は腹具合が悪く,あまりお飲みにならない.料理が辛く,手持ちの白酒を消
費できなかった(早く軽くしたいのに…).酔いを醒ましてから探検に行こうと
思い,ベッドに横になっているうちに寝てしまった.:-(
10-31 (木)
6:00 隣室の難波先生をノックしたら,朝食は1時間繰り下げになったとのこと.
ゆうべ寝ているときに陳君に言われたらしいが,全く記憶がない.(^^;)
時間があるので,外を見てあるく.すぐ裏が葬場で,文字どおりの“通夜”を
していた.大グランドで,ゲートボール,大極拳の講習,朝市,ジョギングなど
がごった煮になっていた.
7:05 ホテルで朝食.道に迷い遅れてしまった.地図を持たずに出たのがまず
かった.皆さんにご心配をかけてしまった.階段を降り,
8:00 前日と同様な 2 階造りの観光船に乗る.ターボ付きで速い.
8:40 白帝城.島である.棧橋はない.ダムができると,ほとんど水没する
らしい.船から上陸したところに豚が放し飼いになっていた.階段をがんがん登る.
山頂に碑林 (重かったろうに),劉備臨終場面の人形,諸葛亮の観星亭など.帰
りは輿に乗る.途中で柿(7個5元)を買う.
10:25 船に集合.遅れた人がいて,10:50 まで出港せず.誰も文句を言わない
ところは,さすが大陸的.
11:50 奉節に戻る.また 292 段を登り,ホテルで昼食.島城碑酒.
13:10 4 階造りの“軽舟?”発.ただちにテレビをどかす.缶ビール “藍帯
(Blue Ribbon)”を飲んだ.湯飲みがなかったので,缶の蓋を切り取って茶をい
れた.(^^) 巫峡と西陵峡は行きと同じ.地上・空を含め,別ルートはない.
19:55 宜昌.閘門は通らず手前で上陸し,残念.天湖大酒店 (ホテル).
21:10 “葛星火鍋城”でしゃぶしゃぶ.豚の血,兎の耳,胡瓜の挽き肉詰めな
どもあった.京星碑酒,金龍泉碑酒.
11-01 (金)
8:00 早点.少し歩いたところで,油条,油餅を食べてから,ホテルすぐ脇に
戻っ(て)包子,餃子などを食べる.これが旨い.通勤時間帯なので,会社員が来る.
中国人旅行者もいた.9:20 発.
10:00 暁溪塔の[魚尋]水族館。[魚尋]はジンベイ鮫のような巨大な魚.アフリ
カと揚子江との間を回遊するのだそうだ.
11:25 ホテルに戻る.
11:50 昼食.碑酒鴨.その後,三峡展覧館で三峡ダムの計画を見る.ちゃんと
コンピュータによる解析もしていた.報道していないだけ.
14:55 発.“心族高速運輸有限公司”の Volvo との提携によるバスは快適.
乗り心地がよいだけでなく,りっぱなトイレも完備.バスガールの李運[王韋]さ
んが英語でアナウンスをしたのには驚いた.しかし,会話はほとんどできない.
アンケートを依頼され,日中英ごちゃまぜに書いた.そのコピーも送ってもらう
ことにした (ちゃんと届いた).
19:20 武漢市 漢口着.タクシーで漢口飯店.
20:00 桃園飯店で晩飯.行吟閣碑酒.その後,体調が悪い難波先生は誘わずに,
深澤先生とホテル隣のクラブ?で飲む.ステージの歌も演奏もなかなか好い.
入った時は真っ暗で,かなりあやしげだった.
ここでは,まず小姐が請求書を持ってきて,それに署名したら現物を運んでく
る.公明である.しかし,トイレ使用料が 4 元だった.
“小姐は要るか”と訊かれたので,即座に“1人頼む”と答えた.1人 200
元,さすが都会だ.来た娘が現代的な美人で,それはよいのだが,人気者らしく
ちっとも居つかない (大姐が迎えに来たりした).あとで女の子をもう一人連れ
てきた.筆談が交じったりしたが,なかなか楽しませてくれた.チョコレート
60 元を,高いなと感じた時には断ってくれた.感動! 2 人ともダンスがうま
かった (深澤先生は例によって踊らず).
支払うときに“1位 200 元”と書かれたので,店への支払いのほかに彼女た
ちに 400 元を払って出た.実は 200 元だけでよかったのかもしれない.振り返
ったら,なぜか口論をしていた.(^_^)
Remy Martin だけが 6 リットルの大瓶(口開け)からショットで飲めた.ブ
ランデーのほかには,ビールと白酒しかなかった.
11-02 (土)
5:00 起きてしまったので,テレビの京劇を観る.けっこう楽しめる.
7:30 朝食 8:00 タクシー発.土曜なので渋滞は大したことない.
8:20 揚子江を渡り,武昌蛇山の黄鶴楼に登る.これは対岸の漢陽亀山の向い
城だろう.9:20 発.
9:35 ホテルに戻る.荷物をもって 9:50 発.
10:00 市バスに飛び込み,漢口机場へ.かっこいい女性の軍人がいた.空港で
記念撮影を申し入れたが,あっさりと拒絶された.(;_;)
11:00 搭乗.張先生が,3579 便から1時間早い 653 便に変更してくださった.
ここで張・趙ご夫妻とはお別れ.お世話になりました.
12:20 上海 着.2 階奥(一般人は立入禁止)の UA 支社で reconfirm.英語は
深澤先生におまかせ.席も save できた.もう帰ったようなもの.
13:20 タクシーで交通大学教師活動中心 (ホテル).
14:05 太平洋百貨で小吃.ついでに色付キーボード(キーだけ)を土産に買う.
地下鉄で第一百貨店に行ったが,もう買うものがない.解散して,
15:30 新世界百貨店 3 階の珈琲店で待ち合わせ.中国で初めておいしいコーヒー
を飲む.欧米人と相席になって,難波先生はとたんに元気になる (パフェを
食べたせいかも :-P).向いのアメリカ人は,茶を飲み干して帰ろうとするたび
に中国式に湯を注がれ,閉口していた (^^).
街をぶらつき,新華書店で山口百恵の好い曲をまとめた CD(700 円!)を買
ってから,
19:00 国際飯店で教わった“苔茎?園”に行き,恨みの上海蟹を食べる.濃香型
の洋河大曲.21:00 発.
21:40 ホテルに戻る.西村は途中で Guinness stout を発見し,喜んで入手.
酔っぱらい状態で翌朝のタクシーの手配をして(なんとエライ)から,ホテルの
バーでアサヒ碑酒を飲んだら,寝入ってしまった.(^^;)
11-03 (日)
8:00 西庁で今月から始まったバイキング 20 元.トーストをその場で焼くの
はさすが中国 (冷えたものは出さない).北京大学農学部の老教授に会う.中国
語で話しかけたら,きれいな Queen's English で“Your Chinese is very good”
なんて言われて咄嗟に応えられなかった.父君は一高で教えていたそうだ.(そ
の後,e-mailで交信する.)
8:37 タクシー発.しまった,Guinness を冷蔵庫に忘れてきたぞ!
9:20 上海 机場.空港使用料が 50 元から 90 元に値上がりしていた.金属製
品を全部はずしても鳴るサイボーグ西村.スタンドで青島碑酒を飲んでいたら,
日本語が聞こえてくる.なんと,台湾人とアメリカ人とドイツ人が日本語で話し
ているのだった.もっとも前 2 者は日本企業の人.
11:05 UA 852 発.機内で趙さんという日本で働いている女性とご歓談.
14:25 成田着.ここでお別れ.お疲れさま!(了)
付記: 3 年前から,会食の時にティッシュペーパーが付くようになった.その時はま
だ紙質が悪かったが,今回は上等になっていた.ここにも消費文明が浸透.
また,撮った写真の中に虎丘の水路風景がある.駒澤大学そばの向井潤吉美術
館に,まさしくそこから斜塔を背景に入れて描いた絵があった (期間限定).
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モンゴルの砂漠でラクダに揺られる (1998)